ご相談者は、25年近く連れ添ってきた50代の女性です。勤めに出ながら家計を担い、学生のお子さんと暮らしていました。
ある年の夏、夫から突然、離婚したいと告げられます。話合いは進まないまま年が明け、今度は毎月渡されていた生活費が止まりました。住まいは夫が住宅ローンを負担していた自宅で、夫からは、転居の費用として60万円を出すかわりに住宅ローンの残額の半分を負担してほしい、そのうえで家を出てほしいと求められています。ご相談者が住宅ローンの半分を負担すると申し出ても話は折り合わず、自宅を出るよう迫られる状況が続きました。生活費の入らない状態が半年ほど過ぎたころ、ご相談者は当事務所の初回相談にお越しになりました。
ご相談内容と方針
ご相談者のご希望は、まず毎月の生活費を確保すること、そのうえで、条件に納得できないまま離婚を急がずに済む状態をつくることでした。理論上は、夫婦は資産や収入その他いっさいの事情を考慮して、婚姻から生じる費用を分担します(民法760条)。離婚が成立するまでこの義務は続きます。実務では、家庭裁判所は支払いの始期を請求した時点や調停を申し立てた月とする運用ですから、止められた生活費は、請求が遅れるほど取り戻せなくなります。手続を起こす日付そのものが金額に直結する場面です。
財産の面では、夫が自分名義の預貯金を一部しか明らかにしていませんでした。理論上、財産分与の対象は夫婦が協力して築いた財産の全体ですが、実務では、相手が開示しない限り、こちらが把握している範囲でしか主張を組み立てられません。自宅には住宅ローンが残っており、不動産をどう評価するかで話が長引くことも見えていました。
方針は二本立てにしました。止まった生活費について家庭裁判所へ婚姻費用の分担を求め、毎月の収入を確保すること。そのうえで、夫の財産の全体像を明らかにさせ、離婚の条件を金額で詰めることです。
受任後まもなく、夫あてに代理人就任を知らせる通知を送り、同じ日に家庭裁判所へ調停を申し立てました。今後の主張は調停で述べてほしいと伝えたうえで、請求の時点を書面に残すためです。婚姻費用の調停と、その後に夫の側から申し立てられた離婚の調停が、並行して進みました。手続を進める中で生活費の支払は再開し、1年にわたって途絶えていた状態は解消しています。
夫が最初に示した離婚の条件は、転居費用60万円を負担するかわりに住宅ローン残額の半分をご相談者が負担するというもので、受け入れられる内容ではありません。そこで当事務所は、ご相談者名義の預貯金と保険をすべて先に開示したうえで、夫名義の財産について、確認できている預貯金の口座と生命保険、勤務先の共済、確定拠出年金や退職金、保有する株式まで一件ずつ挙げ、その全体を明らかにするよう求める書面を家庭裁判所へ提出しました。開示を一般的に求めるのではなく、具体的な口座や制度を示して説明を求める形にしています。
夫の側からは、ご相談者が生活費の不足を補うために取り崩した預金の使途をめぐる指摘が出ました。これに対しては、住まいの設備の工事、同居するお子さんの生活費と学校にかかる費用、生活費が1年近く入らなかった期間の家計の実情を資料で示し、ご相談者の落ち度として扱われることを避けています。
条件の交渉は、調停と並行して代理人の間でも進めました。財産を一つずつ分け合う形では、住宅ローンの負担と不動産の評価で折り合わないことが見えていたため、金額を解決金として一本化する方向で条件を詰め、支払方法まで含めて合意しています。合意の内容は、支払いが滞ったときにすぐ差押えへ進めるよう、強制執行を受け入れる文言を入れた公正証書にまとめました。
解決の結果
ご相談からおよそ1年半後に公正証書を作成し、同じ日に離婚届へ双方が署名押印して、協議離婚がまとまりました。
解決金は350万円です。公正証書を作成した当日に150万円を受け取り、残る200万円は翌月から毎月末日に10万円ずつ、20回に分けて支払われることとしました。支払いの遅れが20万円分に達した時点で分割の約束は失われ、残りを一度に請求できる条項も置いています。財産分与としては、夫が契約者となっていた終身保険のうち、ご相談者を被保険者とするものを譲り受けることとしました。
年金についても、婚姻期間中の厚生年金の記録を分ける合意をし、按分割合は0.5としています。あわせて清算条項を置き、公正証書に定めたもののほかには互いに請求しないことを確認しました。当初、夫から示されていたのはご相談者が住宅ローンの半分を負担するという条件でしたから、負担する側から受け取る側へ、立場が入れ替わる結果になっています。
離婚を切り出された側が最初に直面するのは、生活費が止まることです。婚姻費用は請求した時点より前の分を認めてもらいにくいという運用がありますから、止められたその月のうちに書面で請求し、調停を申し立てておくことが、その後の交渉の土台になります。毎月の収入が確保できれば、条件に納得できないまま離婚を急ぐ必要がなくなります。
財産の開示にも、実務上の工夫があります。相手にすべて開示してほしいと求めるだけでは動かないことが多く、こちらが把握している口座や保険を具体的に挙げて説明を求めるほうが開示は進みます。自分の財産を先にすべて明らかにしておくことも、相手だけが開示しない状態を際立たせるという意味で効きます。
合意を公正証書にする意味は、支払いが止まったときに表れます。協議書だけでは、改めて裁判を起こすところから始めなければなりません。強制執行を受け入れる文言のある公正証書であれば、給与や預金の差押えへ直接進めます。分割払いを受ける側であれば、期限の利益を失う条件と、住所や勤務先が変わったときに連絡する約束まで入れておくと安心です。
年金分割については、請求の期限に注意が必要です。2026年4月1日以降に成立した離婚は離婚の翌日から5年、同年3月31日以前に成立した離婚は2年が期限となります。審判や調停で按分割合が決まった場合には、確定または成立の翌日から6か月という別の期限が働くこともあります。財産分与を求められる期間も、同じ改正で離婚のときから2年ではなく5年となりました(民法768条2項)。合意したことに安心して手続を後回しにすると、分けられたはずの記録を受け取れなくなりますから、離婚の条件がまとまった段階で、年金事務所での手続まで済ませてしまうのが確実です。
弁護士からのご案内
夫から離婚を切り出された、生活費が止まった、条件の見通しが立たないというご相談は、初回30分無料でお受けしています。まだ別居していない段階でも、手元にある資料から、婚姻費用の見込みと財産分与の対象をご一緒に整理します。お電話(072-248-4848)またはお問い合わせフォームからご予約ください。切り出されたときの動き方は夫から離婚を切り出された妻が踏むべき四つの初動、話合いと調停の選び方は協議離婚と調停離婚のどちらを選択すれば良いにまとめています。ご依頼にかかる費用は費用のご案内をご覧ください。
事案により結果は異なり、同種の結果をお約束するものではありません。守秘義務のため、ご本人が特定されないよう、金額・期間などの数値を含めて事案の細部は変更しています。