ご相談者は、年末が繁忙期になる職場で働く30代の男性です。同じ趣味の仲間として長く付き合った女性と、同棲していた期間を含めて11年ほどの交際を経て婚姻しました。お子様はいません。結婚から3年ほどが経った夏に別居が始まり、その年の秋、妻から家庭裁判所へ離婚の調停が申し立てられます。
申立ての理由は、夫が妻のものの言い方や行動、時間の使い方、日常生活の全般について自分の考えを押しつけ、思いどおりにならないと怒鳴りつけ、自分の前から消えろという趣旨の言葉を繰り返して妻を抑圧した、というものでした。ご相談者には、思い当たる口論はあるものの、一方的に責め立てた覚えはなく、身に覚えのない部分も多いという受け止めです。この時点でのご相談者の希望は、離婚ではなく、やり直すことでした。
ご相談内容と方針
調停の段階では、関係を修復したいというご相談者の意向を、裁判所へ正確に伝えることを方針としました。理論上は、夫婦の一方が離婚を望んでも他方が応じない場合、裁判で離婚が認められるためには婚姻を継続し難い重大な事由が必要です(民法770条1項5号)。実務上は、この事由があるかどうかは、個別の出来事の有無だけでなく、別居が続いた期間や修復の可能性をどう評価するかによって判断が分かれます。
そこで、抽象的に否認するのではなく、指摘された出来事について、いつ、どういう状況で、何がやり取りされたのかを具体的に示すことにしました。あわせて、生活の乱れが口論の背景にあったことは率直に認めたうえで、ご相談者が実際に改めた点を裁判所へ伝えています。
調停には、書証を5点そろえて臨みました。起床と帰宅の時刻を日ごとに並べた一覧表は、繁忙期にあたる11月と12月であっても、おおむね21時ごろまでに帰宅し、規則正しい生活を送れているという当方の主張を裏づけるために提出したものです。生活の改善点をまとめた書面には、深夜まで仕事を持ち帰っていた習慣をやめ、食事と睡眠の時間を整えたことを、具体的な時刻とともに記載しました。カウンセリングを受けた経緯と、そこで受けた説明の要点も提出しています。妻に宛てた手紙は、ご相談者の率直な気持ちを伝えるものでした。
それでも妻の離婚の意思は変わらず、申立てから約5か月で調停は不成立に終わります。妻は家庭裁判所へ離婚の訴えを提起し、離婚に加えて慰謝料300万円と遅延損害金の支払を求めました。
訴訟では、答弁書で請求の棄却を求め、訴状に書かれた出来事を項目ごとに検討しています。指摘された事実のうち、どのような発言を指すのかが特定されていないもの、双方に原因があって口論に至ったもの、妻も言い返しており一方的に抑圧された状態とはいえないものを、場面ごとに整理して反論しました。仕事上の悩みを聞いてほしいと頼んだ日の口論についても、その日に職場で何があり、帰宅後にどのようなやり取りがあったのかを時系列で説明しています。ご相談者の陳述書を提出したうえで、弁論準備手続を3回重ねました。
解決の結果
第3回の弁論準備手続の期日で、和解が成立しました。内容は、その日に離婚が成立すること、妻はその余の請求を放棄すること、本件に関し和解条項に定めるもののほかに双方の間に債権債務がないことを相互に確認することの三点です。請求されていた慰謝料300万円と遅延損害金は放棄され、ご相談者が金銭を支払うことはありませんでした。
別居から和解までは約1年2か月、調停の申立てから数えると約11か月です。訴えが提起されてから和解が成立するまでは約5か月でした。婚姻関係を続けることは叶いませんでしたが、争いのある事実関係を前提とした金銭の負担を避け、区切りをつけることができています。
理論上は、離婚に伴う慰謝料が認められるためには、離婚の原因をつくった側の行為が不法行為にあたることが必要で、請求する側がその事実を立証しなければなりません。実務上は、性格の不一致や日常の口論を理由とする請求では、いつ、どこで、何があったのかという特定が十分にできず、慰謝料が認められないか、認められても低額にとどまることが少なくありません。請求された側にとっても、そのような事実はないと述べるだけでは足りず、指摘された場面ごとに当時の状況を具体的に示せるかどうかが分かれ目になります。
この事案で支えになったのは、日ごとの生活の記録でした。手帳、勤務の記録、家計簿、写真のように、争いが起きる前から残っている資料は、後から作成する陳述書を補う力を持ちます。離婚を求められた側でも、別居の前後の生活を記録に残しておくことをおすすめします。
なお、この事案の請求には年5分の遅延損害金が含まれていました。2020年4月1日に施行された改正民法により、法定利率は年3パーセントを出発点とする変動制へ改められています(民法404条)。現在の事案で同じ請求がされた場合、遅延損害金の割合は当時と異なります。慰謝料の請求を受けたときの見通しは性格の不一致による離婚の慰謝料を解説したコラム、調停から訴訟への進み方は離婚調停の進め方のコラムもあわせてご覧ください。
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