ご相談者は、すでに猫と暮らしていた40代の男性です。繁殖と販売を専門に手がける事業者から、新たに子猫を1匹購入しました。代金は24万円です。購入にあたっては事業者のもとへ足を運び、実際の猫を見たうえで、契約書に署名しています。
引渡しは運送便で行われました。ところが、受け取りに向かった時点で、猫は輸送用のケージの中で下痢をしていました。受け取って数日のうちに便へ血が混じり、1週間が過ぎても便は緩いままです。ご相談者がその都度メールで様子を伝えると、事業者からは、子猫のうちは便が緩いことがある、1歳くらいまで様子を見てほしいという返事が届きました。
その言葉に従って経過を見ていましたが、改善の兆しはありません。引渡しから4か月ほど経ったころ、かかりつけの獣医師から、これは様子を見るという段階ではないと言われ、外部機関へ検査を依頼しました。結果は陽性で、続けて行った血液検査でも、重い症状へ移行することがあるウイルスについて高い数値が出ています。投薬は続けても数値は下がらず、原因をさらに調べるための検査は、麻酔を使うこと自体が症状を重くする危険が高いという理由で断念せざるを得ませんでした。治療費の負担を求めても話合いは進まず、ご相談者は当事務所へお越しになりました。
ご相談内容と方針
ご相談者のご希望は、契約を解いて支払った代金を返してもらうこと、そして、これまでにかかった治療と検査の費用を負担してもらうことでした。代金の大部分が戻るのであれば猫を手元に置いたまま清算する余地も残したいが、それに応じられないのであれば猫を返して代金全額の返還を求める、という立場です。
理論上は、生き物の売買も特定の一匹を対象とする売買ですから、引き渡された猫に、取引の通念からみて通常であれば備えているはずの状態が欠けていれば、買主は契約の解除や損害の賠償を求める余地があります。もっとも、不適合の程度が軽微であれば解除が認められないなど、要件の検討は欠かせません。実務でより大きな壁になるのは、その状態が引渡しの時点ですでにあったといえるかどうかです。引渡しから時間が経つほど、後から生じたものだという反論が通りやすくなります。
本件の契約書には「生体補償」という条項があり、引渡し後1か月以内に先天性の疾患で死亡したことが獣医師の診断書で確認された場合に限って補償するという内容でした。事業者はこの条項を根拠に責任を否定していましたが、購入が事業のためでない場合には消費者契約法が働きます。当時の同法は、事業者の損害賠償責任を免除する条項を無効としたうえで、事業者が瑕疵のない物と取り替える責任や修補する責任を負う場合に限って例外を認めていました。死亡という極端に限られた場合しか補償しない条項は、この例外にあたらず、消費者の利益を一方的に害する条項としても無効を主張できる見込みがありました。
そこで、引渡し直後からのやり取りを証拠として固めたうえで、契約の解除を通知し、応じられなければ訴訟に進むという順序を立てました。
最初に行ったのは、記録を時系列に並べ直す作業です。到着した日の便の状態、数日後に血が混じったという連絡、1週間後の報告、事業者からの「様子を見てほしい」という返答まで、やり取りはすべてメールに残っていました。そこへ診療明細、検査の結果、獣医師の説明を重ね、引渡しの時点から一貫して同じ症状が続いていたことを示せる形に整えています。
そのうえで、引渡しから9か月ほどが経ったころに内容証明郵便を送り、契約の解除と、代金の返還および治療費の賠償を求めました。猫の受け渡しについて具体的な候補日を知らせるよう求め、代金の大部分が返ってくるのであれば猫を手元に置いたまま解決する余地があることも、あわせて伝えています。
事業者からは、契約書の補償の対象ではないという趣旨の書面が二度届きました。いずれも受け渡しの日時には触れていません。そこで、改めて期限を区切って受領日時の指定を求め、指定がなければ受領を拒んでいるものとして扱い訴訟を提起すること、その場合には先に示した和解の余地はないことを通知しました。期限までに指定はありませんでした。
通知から2か月ほど後に、簡易裁判所へ訴えを提起しました。請求額は、代金24万円と、治療・検査と通院に要した13万5,000円から事業者がすでに支払っていた1万5,000円を差し引いた12万円の合計36万円です。
訴訟では、事業者から二つの反論が出ました。ひとつは、以前に支払った金員は今後治療費を請求しないことを条件としたものだという主張です。これについては、当時のメールの文言に「検査代として」とあるだけで、そのような条件はどこにも示されていないことを指摘しました。もうひとつは、この訴えの提起自体が事実無根で名誉を毀損したとして、慰謝料を求める反訴でした。反訴に対しては、猫が届いた直後から健康状態についてのやり取りが続き、話合いで解決できなかったからこそ訴えを提起したのであって、正当な権利の行使にほかならないと反論しています。事件はその後、地方裁判所で審理されることになり、期日を重ねました。
解決の結果
訴えの提起からおよそ9か月後、5回目の期日に和解が成立しました。事業者が解決金13万円の支払義務を認め、和解から1か月半ほど後の期限までに、振込手数料を事業者の負担として一括で支払うという内容です。
あわせて、ご相談者はその余の本訴請求を放棄し、事業者は反訴の請求を放棄しました。双方の間に和解条項に定めるもののほかに債権債務がないことを確認する条項も置かれ、訴訟費用は本訴と反訴を通じて各自の負担としています。和解条項に猫の引渡しを定めるものは置かれませんでした。
名目の上では、代金の返還にも、支払った治療と検査の費用にも届いていません。もっとも、引渡しから時間が経つほど立証が難しくなる類型であること、争いを続ければ猫の状態をめぐる主張の応酬が長引くこと、反訴を抱えたまま判決を待つ負担を考えると、反訴の放棄まで含めて区切りをつけられたことには意味があったと考えています。
登録を受けた販売業者が犬や猫を販売するときは、購入しようとする人に対し、あらかじめ、その事業所で動物の現在の状態を直接見せ、対面で書面などを用いて、飼い方や生年月日、繁殖を行った者の氏名といった情報を伝えることが義務づけられています(動物愛護管理法21条の4)。本件でもご相談者は事業者のもとへ赴いて猫を見ていますが、見ただけでは分からない健康上の問題は残ります。見せてもらったのだから納得ずくだ、という反論が通るわけではありません。
この種のトラブルで主張を組み立てられるかどうかは、引渡し直後の記録にかかっています。本件で立証の核になったのは、到着した日から症状をメールで伝え続けていたという経過でした。「様子を見てほしい」と言われて経過を見る場合でも、その間のやり取りと通院の記録を残しておくと、後から引渡し時の状態を示す材料になります。
契約書に補償の条項があっても、それだけで責任の範囲が決まるわけではありません。消費者契約法は、事業者の損害賠償責任を全部免除する条項を無効とし、一部を免除する条項についても、事業者の側に故意または重大な過失があるときは無効としています(同法8条1項1号・2号)。そのうえで、事業者が履行の追完、つまり修補や代替物の引渡しをする責任や、不適合の程度に応じた代金の減額をする責任を負うこととされている場合には、この無効の規定は適用されません(同条2項1号)。補償の要件が極端に狭ければ、消費者の利益を一方的に害する条項として無効を主張する余地もあります(同法10条)。
法律の枠組みは、本件の当時から変わっています。当時の根拠は瑕疵担保責任でしたが、2020年4月1日に施行された改正民法によって、引き渡されたものが種類や品質について契約の内容に適合しない場合の責任として整理し直されました(民法562条以下)。期間の制限も改められ、現在は不適合を知った時から1年以内に売主へ通知しておく必要があります(民法566条)。売主が引渡しの時に不適合を知っていた場合などは例外とされていますが、気づいた時点で書面やメールで知らせておくほうが確実です。
生き物の売買では、解除して返すという原状回復が、買主の気持ちにも動物の状態にもそぐわないことがあります。本件でも、和解では引渡しを定める条項は置かれず、金銭の清算だけで区切りをつける形になりました。購入後に体調の異常が続いているという段階で、契約書と受領時からのやり取りをお持ちいただければ、取りうる手段をご一緒に整理できます。
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購入した動物の健康状態をめぐるトラブル、売買契約の解除や代金の返還に関するご相談は、初回30分5,500円(税込)でお受けしています。契約書、販売業者とのやり取り、通院や検査の記録を拝見しながら、見込みと費用の見通しをお伝えします。お電話(072-248-4848)またはお問い合わせフォームからご予約ください。取扱い分野は個人のご相談に、ご依頼にかかる費用の考え方は費用のご案内にまとめています。
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