ご相談者は、親から遺産を相続することになった60代の女性です。相続人はご相談者を含むきょうだい3名で、遺産の中心は先代から引き継いだ2件の不動産と、金融機関に残された預貯金でした。ご相談者はいずれの不動産にも住んでおらず、事業に使っているわけでもありません。一方で、ほかの2名は不動産の取得を強く望み、どちらが取得するかで長く折り合いがついていませんでした。話合いは何度も行われたものの、そのたびに感情的な対立が持ち込まれ、遺産の分け方を決められないまま年月が過ぎていました。ご相談者としては、生活の基盤に関わらない不動産を無理に取得するより、預貯金を確実に受け取って区切りをつけたいというお気持ちでした。
ご相談内容と方針
お話を伺い、当事者だけの協議では解決の見通しが立たないと判断し、家庭裁判所へ遺産分割調停を申し立てる方針をご提案しました。ほかの相続人2名にもそれぞれ代理人が就いたため、手続は代理人同士のやり取りが中心になります。この事案で重要だったのは、対立の主戦場が「不動産を誰が取得するか」にあり、ご相談者はその争いの当事者ではなかった点です。不動産の帰属をめぐる争いに巻き込まれて審判まで進めば、解決までにさらに長い時間がかかり、その間、預貯金の大半は分けられないまま動かせません。そこで、不動産についてはほかの2名の調整に委ね、ご相談者は預貯金の取得に的を絞って主張を組み立てる方針としました。
調停では、まず相続財産の全体像を確定させる作業から着手しました。ほかの相続人が管理していた預金口座について、通帳の記帳や残高の報告を求め、別に積み立てられていた資金も遺産に含めることでほかの相続人の同意を得ています。この積上げと利息の計上により、当初示されていた金額より遺産の預貯金は増えました。ほかの2名からは、生前の贈与にあたる特別受益があった、遺産の維持に貢献した寄与分があるといった主張が出されましたが、いずれもご相談者の取得額を減らす方向に働く主張です。裁判所へ提出された資料を一つひとつ検討し、ご相談者の取得額に反映させるべきでない部分を明らかにしていきました。
期日を重ねる中で、不動産をどちらが取得するかの対立は解けず、裁判官が関与して調整を試みる段階に入りました。ここで示されたのが、預貯金の一部をほかの相続人に渡すことで不動産の帰属を決着させるという案です。ご相談者には、審判に移行した場合に見込まれる取得額と、抗告によってさらに手続が続く可能性、そして審判の内容によっては不動産の共有関係が残り最終的な解決にならない危険まで、判断材料をすべてお伝えしたうえでご検討いただきました。あわせて、不動産の持分移転の登記や精算に要する費用をご相談者が一切負担しないことを、成立の条件として求めました。
解決の結果
第1回の調停期日から11回の期日を重ね、約1年5か月で調停が成立しました。遺産の預貯金は最終的に約7,300万円と確定し、そのうち1,500万円をほかの相続人の一人に渡す一方、残る約5,800万円をご相談者が取得する内容です。不動産は他の2名が取得することとなり、その持分移転の登記や精算に要する費用も、ご相談者の負担とはなりませんでした。長引いていた手続に区切りがつき、預貯金は成立後に順次お手元へお渡ししています。審判に移行していれば、抗告を経てさらに数年を要した可能性が高い事案でした。
遺産分割で行き詰まる原因の多くは、遺産の総額ではなく、特定の不動産を誰が取得するかという一点にあります。この事案でも、対立していたのはほかの相続人2名で、ご相談者はその争いの外にいました。こうした場合、争点の中心から距離を置き、自分が本当に必要とする財産を確保する方向で組み立てるほうが、結果として得られるものは大きくなることがあります。理論上は、審判まで進めば法定相続分に沿った判断を得られるはずです。実務では、審判の内容が不動産の共有という形になれば争いが残り、抗告されればさらに年単位で手続が続きます。数字のうえで少し譲っても、現金で受け取って終わらせる選択が有利になる場面は珍しくありません。
取得額と同じくらい大切なのが、費用をどちらが負担するかです。登記費用や相続税の精算をどう分担するかは、合意書に書かれていなければ後日の争いの種になります。この事案では、費用を一切負担しないことを条件として明示し、受け取る金額がそのまま手元に残るようにしました。なお、令和5年4月から、相続開始のときから10年を過ぎた遺産分割では、特別受益や寄与分の主張が原則としてできなくなっています(民法904条の3)。長く放置された相続ほど、動き出す時期が結論を左右します。きょうだい間の遺産分割については遺産分割をめぐる兄弟姉妹間の争いを解説したコラム、手続の全体像は相続のご相談ページもあわせてご覧ください。
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